最近、エンジニアとの仕事の進め方を少し変えていて、AI時代、「報告がうまい人」の価値は下がるかもしれない、と思いました。
例えば、お客さんから不具合の連絡が来たら、私がエンジニアに調査や修正を依頼する。
エンジニアはAIも使いながら調査・修正し、原因や変更したコード、確認した内容、テスト結果などをGitHubに残す。
ここまでは普通なのですが、その後が少し違います。
私はエンジニアから直接、詳しい報告を受けるのではなく、GitHubに残してくれた情報をAIに読ませて、
「で、今どういう状態?」
とAIに聞きます。
するとAIが、そこに残されたコードや調査結果、テスト結果、エンジニアの報告などをもとに説明してくれます。
説明が細かすぎれば、
「まず結論だけ教えて」
と聞けばいい。
- 「これはバグなの?」
- 「こちらに非があるの?」
- 「お客さんに謝った方がいい?」
- 「緊急で対応する必要がある?」
- 「影響範囲はどこまで?」
- 「この部分だけ、もう少し技術的に説明して」
と、自分が知りたい順番、自分が理解しやすい粒度で聞いていくことができます。
これをやっていて、仕事における「報告能力」の価値が、AIによってかなり変わるのではないかと思いました。
エンジニアの報告が分かりにくいことは、昔からよくあります。
たとえば不具合について聞いているのに、
「ログを確認したところ、このAPIからこの値が返っていて、その後この条件分岐に入って……」
というところから説明が始まる。
もちろん最後まで聞けば分かります。
でもプロジェクトマネージャーとして最初に知りたいのは、そこではありません。
まず、
- 「結局、バグなのか?」
- 「影響は大きいのか?」
- 「緊急対応が必要なのか?」
- 「こちらのミスなのか?」
- 「お客さんへの説明や謝罪が必要なのか?」
といったことを知りたい。
その結論を知った後で、必要なら原因やコードの話を聞けばいい。
つまりマネージャーはトップダウンで情報を取りたいのに、実際にコードを見て調査したエンジニアは、どうしても自分が調べた順番でボトムアップに説明しがちです。
これは別にエンジニアが悪いわけではありません。
むしろ自然です。
本人は何時間もログやコードを見て、細かい事実を積み上げながら結論に到達しています。
だから、その思考過程に沿って説明したくなる。
一方、経営者や営業、PMなどは、ビジネス全体を大枠で見ています。
そのため、
「いや、今その細かい話はいらないから、まず結論を教えて」
となる。
ここでコミュニケーションエラーが起きます。
これまでは「翻訳がうまい人」が評価されやすかった
同じくらい技術力のあるエンジニアが二人いたとします。
一人は調査が非常に丁寧です。
観察が正確で、ログもきちんと確認する。推測と事実を混ぜない。修正も慎重で、テストもしっかりする。
ただし報告がめちゃくちゃ下手。
聞くと、コードの細かい話から延々と説明する。
もう一人は、技術力はそこそこだけれど報告がうまい。
「結論として弊社側の不具合です。影響範囲は限定的です。緊急度は中程度です。原因は○○で、すでに修正とテストまで完了しています」
と説明できる。
マネージャーからすると、後者はものすごく仕事ができるように見えます。
これはある意味当然です。
これまでの組織では、仕事そのものをする能力だけでなく、
「自分がやった仕事を、相手が必要としている形に変換して伝える能力」
まで本人に求められていたからです。
つまり、
「仕事をする能力」と「仕事を翻訳する能力」
がセットで評価されていました。
AIを間に挟むと、この二つを分離できる
ところがAIを間に入れると、この構造が変わります。
エンジニアがやるべきことは、
- 何を調べたのか。
- 何が事実だったのか。
- どのログを確認したのか。
- 何を変更したのか。
- どんなテストをしたのか。
- その証拠はどこにあるのか。
- 何がまだ分かっていないのか。
こうした一次情報を正確に残すことです。
それを、
- 「経営者にはどう説明するか」
- 「PMにはどの順番で説明するか」
- 「別のエンジニアにはどこまで技術的に説明するか」
- 「お客さんにはどんな言葉で説明するか」
まで考える必要はない。
そこはAIが翻訳できます。
同じGitHubの情報から、
経営者には、影響、責任、コスト、意思決定について説明する。
PMには、原因、影響範囲、対応状況について説明する。
エンジニアには、コード、ログ、再現条件について説明する。
顧客には、発生した事象、影響、対応、再発防止について説明する。
元になっている情報は同じです。
ただし、読む人によってAIが見せ方を変える。
これはかなり大きな変化だと思います。
「報告が下手だった優秀な人」が評価されるかもしれない
この変化で個人的に面白いと思うのが、今まで組織の中で評価されにくかったタイプの人です。
- 口下手。
- 説明がボトムアップ。
- 話が長い。
- 相手が何を聞きたいかを察するのが苦手。
でも、
- 観察が正確。
- 記録が緻密。
- 証拠をきちんと残す。
- 事実と推測を分ける。
- 仕事そのものはものすごく堅い。
こういう技術者はたくさんいると思います。
そして本当は、こういう人たちが社会のかなり重要な部分を支えている。
ところが従来の会社では、「上司に伝わらなければ、やっていないのと同じ」になりやすかった。
本人の仕事そのものが優秀でも、その価値を上司が理解できる形に変換できなければ評価されにくい。
AIが仕事の履歴そのものを読めるようになると、この問題を少し解消できるかもしれません。
仕事の実態と、その人のプレゼン能力を切り離して評価できるからです。
重要になるのは「AIが後から読める仕事」をする能力
だからといって、人間側に何も求められなくなるわけではありません。
むしろ別の能力が重要になります。
それが、
「AIが後から検証できる形で、事実と証拠を残す能力」
です。
AIだって、存在しない情報を正しく説明することはできません。
「直しました」
としか書いていなければ、
- なぜ直したのか。
- 何が原因だったのか。
- どこを変更したのか。
- どこまでテストしたのか。
- 他に影響がないのか。
AIにも分かりません。
逆に一次情報がしっかり残っていれば、AIはそこから必要な情報を取り出し、相手に合わせて再構成できます。
そう考えると、AI時代に価値が上がるのは「説明がうまい人」だけではなく、
「良質な一次情報を残せる人」
なのかもしれません。
これはエンジニアだけの話ではない
この構造は、IT業界だけの話ではないと思います。
- 研究者なら、実験データや研究ノート。
- 営業なら、商談記録やメール、顧客とのやり取り。
- カスタマーサポートなら、問い合わせ履歴や対応記録。
- 建設や製造なら、作業記録、写真、検査結果。
- 経理なら、取引履歴、証憑、仕訳。
- 医療なら、診療記録や検査結果。
これまでは、
「仕事をする → 人間向けに報告書を書く → 上司が読む」
という構造でした。
これからは、
「仕事をする → 一次情報を残す → AIが読む → 必要な人に必要な形で伝える」
という仕事の仕方が増えていくのかもしれません。
そうなると、「報告書をうまく書く」という仕事そのものの意味も変わってきます。
もちろん、人間のコミュニケーションの価値がなくなるわけではない
一方で、まったく逆の仕事もあります。
- 営業。
- 交渉。
- 採用。
- マネジメント。
- 接客。
- 接待。
こうした仕事では、人間同士のコミュニケーションそのものが成果につながります。
- 相手の表情を読む。
- 信頼関係を作る。
- 相手が言葉にしていないことを感じ取る。
- 場の空気を読む。
- 相手に「この人と仕事をしたい」と思ってもらう。
ここは、一次情報をAIに渡して要約してもらえば終わり、という世界ではありません。
泥臭い人間同士のコミュニケーション能力は、これからもかなり重要だと思います。
だから「AIによってコミュニケーション能力がいらなくなる」という単純な話ではないのでしょう。
一色だった「仕事ができる」の定義が分解されていく
むしろ面白いのはここです。
今まで「仕事ができる人」という一つの言葉の中に、いろいろな能力が混ざっていました。
- 実務能力。
- 専門知識。
- 観察力。
- 記録能力。
- 説明能力。
- プレゼン能力。
- コミュニケーション能力。
- 調整能力。
- 相手の意図を読む能力。
全部ひっくるめて「仕事ができる」と評価していた。
でもAIが間に入ることで、それぞれが少しずつ分解されていく。
ある仕事では、人間同士のコミュニケーション能力が圧倒的に重要になる。
別の仕事では、そんな能力よりも、正確に観察して、正確に仕事をして、正確な記録を残せることの方が重要になる。
そして、その間をAIがつなぐ。
これは結構面白い変化だと思います。
AIによって単純に「人間の仕事がなくなる」のではなく、
これまでセットで要求されていた人間の能力が分解され、それぞれの仕事で本当に必要な能力が改めて評価されるようになる。
そういう変化なのかもしれません。
もしそうなら、今まで「報告が下手」というだけで評価されにくかった、寡黙で、細かくて、仕事がめちゃくちゃ堅い技術者にとっては、案外いい時代になるのかもしれません。
