山口周さんの『コンテクスト・リーダーシップ』を読みました。

本書のテーマは、リーダーシップに絶対的な正解はなく、その時代や社会、組織が置かれた「文脈(コンテクスト)」によって、求められるリーダーシップは変わるというものです。

本書の冒頭には、リーダーとは、星を指し示す人ではなく、断片的な星を結び、そこに星座を描く存在である、という趣旨の説明があります。

最初は少し抽象的に感じましたが、読み進めるうちに、これは単に目標を示すことではなく、さまざまな出来事や情報に意味を与え、人々が共通の理解を持てるようにすることなのだと感じました。

一方で、読み終えてみると、後半は社会やビジネスのコンテクストに関する事例紹介が非常に多く、正直なところ途中は少し飛ばしながら読みました。リーダーシップそのものの議論から離れていった印象もあり、結局、リーダーは具体的にどうすればよいのだろう、という疑問も残りました。

ただ、本書を通じて考えさせられたことは非常に多かったです。特に、ナラティブ、マネジメント、歴史、そして自分が何をやりたいのかという問題について、いろいろな発見がありました。

ナラティブは人間の強みであり、弱みでもある

本書では、人間が物事を理解するうえで、ナラティブ、つまり物語が重要であることが語られています。

これは以前読んだ『サピエンス全史』や、普段聴いているコテンラジオの内容とも重なります。

人間は、物語を共有できるからこそ、国家や宗教、お金といった抽象的な概念を理解し、大規模な社会を形成できました。

しかし、これは同時に、人間の弱点でもあると思います。

人間は、事実を事実のまま受け取ることが苦手なのではないでしょうか。

本来は無関係な出来事を結びつけ、そこに存在しない因果関係を見いだしてしまいます。陰謀論なども、こうした人間の性質によって生まれるのでしょう。

本書で紹介されていた、靴を履く習慣のない地域に進出した靴メーカーの話が面白かったです。

同じ「誰も靴を履いていない」という事実を見ても、ある営業担当者は市場が存在しないと判断し、別の営業担当者は巨大な市場が存在すると判断しました。

事実は同じなのに、解釈は正反対になります。

これは日常のコミュニケーションでも頻繁に起きていることだと思います。

だからこそ、リーダーはメンバーが何を報告したかだけでなく、なぜそのように考えたのかを理解する必要があるのでしょう。

また、ミヒャエル・エンデが投げかけた、複数の人が同じ本を読んでいるとき、本当に同じ本を読んでいると言えるのか、という問いも印象に残りました。

同じ文章を読んでも、そこから生まれる物語は人によって違います。

そして文学を読むことは、他者の物語を借りながら、自分自身の物語を豊かに編み直す行為なのだといいます。

文学は単なる現実逃避の娯楽ではなく、現実を読み解き、編集するための訓練になります。

これは面白い考え方だと思いました。

人間はナラティブによって事実を歪めてしまうことがあります。しかし、多様なナラティブに触れることで、一つの解釈に囚われず、さまざまな角度から現実を見ることもできます。

物語を信じる能力と、物語を疑う能力。その両方が重要なのだと思います。

リーダーシップは、成長すると求められる能力そのものが変わる

本書で特に共感したのが、リーダーシップはゴルフや音楽、絵画などとは違い、初心者が学んだ基本がそのまま上級者にも通用するとは限らない、という話でした。

自分が専門性を持つ領域で、数人のメンバーを率いて短期的な成果を出すことと、自分が専門性を持たない領域も含めて、多くの人々を束ね、長期的な成果を目指すことでは、必要なリーダーシップが大きく異なります。

これは本当にそのとおりだと思います。

例えば首相は、経済、外交、安全保障、医療、教育など、あらゆる分野について判断しなければなりません。しかし、それらすべての専門家であることは不可能です。

自分が十分に理解できない領域についても判断し、さまざまな立場の人を動かしていきます。これは非常に難しい仕事だと思います。

自分自身を振り返ると、もともとプログラマーとしてのキャリアがあり、その後長くシステム開発のマネジメントをしてきました。

そのため、技術的な勘所をある程度理解したうえでマネジメントできていたと思います。

もちろん、デザインなど専門外の領域もあり、技術についてもわからないことは多かったです。その都度勉強しながら判断してきました。

ところが、AIの登場によって、この仕事のあり方が大きく変わってきました。

現在はAIを使い、自分自身でシステムを開発するようになっています。

そこで考えたのが、そもそもAIのマネジメントとは何なのだろう、ということです。

AI時代には、マネジメントの能力が分離していく

私は以前から、仕事のマネジメントと人間のマネジメントは、まったく別の能力だと感じていました。

仕事のマネジメントとは、目的を整理し、タスクに分解し、適切に指示を出し、進捗や品質を管理する能力です。

一方、人間のマネジメントとは、信頼関係を築き、相手の気持ちを理解し、モチベーションを高め、異なる立場の人たちが協力できる状態を作る能力です。

従来の管理職には、この両方が求められていました。

しかし、AI時代には、この二つの能力が分離し、それぞれ独立した価値を持つようになるのではないでしょうか。

例えば、実行のマネジメントが非常に得意な人は、AIを活用することで、人間の部下を大勢抱えなくても、大きな成果を生み出せるようになります。

一方、人のマネジメントが得意な人も、引き続き大きな価値を持ちます。

人の感情を理解し、信頼関係を築き、対立する利害を調整し、組織をまとめる能力は、単に情報を整理して的確に指示する能力とは違います。

AIが発達することで、これまで一人の管理職にまとめて求められていた能力が、別々に評価されるようになるのかもしれません。

そして、リーダーシップにはもう一つ、何のためにその仕事をするのかという意味を作る役割があります。

最初に出てきた、星を結んで星座を描くという話は、ここにつながるのだと思います。

AIによって実行能力が飛躍的に高まる時代だからこそ、何を実現したいのかを考えることの重要性が増していくのではないでしょうか。

礼節と秩序を大切にすることが、企業の価値になる

本書の後半で特に印象に残ったのが、「礼節と秩序の希少化」という話でした。

アメリカ・ファーストに象徴されるように、国家が自国の利益を優先し、これまで共有されてきた国際的なルールや秩序が揺らいでいます。

その結果、世界の正義や価値観が断片化していきます。

しかし、だからこそ逆説的に、礼節と秩序を守る国家や企業の価値が高まるといいます。

これは非常に面白い考え方だと思いました。

周囲が自分の利益ばかりを追求するようになれば、誠実で、約束を守り、他者を尊重する人や組織は希少になります。

そして、誰だってそういう人たちと一緒にいたいと思うはずです。

この話を読んで、自分の会社でも、改めて礼節と秩序を最優先にしたいと思いました。

もともと私は、売上よりも大切なことがあると考えて会社を経営してきました。

一緒に働くエンジニアやデザイナーには、できるだけ気持ちよく働いてもらいたいと思っています。

クライアントには誠実でありたいです。

そして、仕事だけではなく、妻や子どもたちと過ごす時間を何よりも大切にしたいと思っています。

家族との時間を犠牲にしてまで売上を追い求めることは、自分が望む生き方ではありません。

これまでは、そうした価値観を自分なりの経営方針として大切にしてきました。

しかし本書を読んで、それが単に倫理的に望ましいだけでなく、ビジネス上の価値にもなり得るのだと感じました。

もちろん、誠実であれば必ず儲かるわけではありません。

それでも、礼節と秩序を守る企業が顧客や協力者から選ばれ、結果的に成長していく社会であれば、それはとても良い社会だと思います。

自分が大切にしたいことと、ビジネスとしての成功は矛盾しません。そういう会社を作っていきたいと、改めて思いました。

歴史は成功法則を教えてくれるものではない

本書では、コンテクストを理解するために必要な教養として、歴史や哲学、経済学などが紹介されています。

最近はコテンラジオを聴くなど、歴史に強い興味を持っているので、特に歴史についての説明が面白かったです。

歴史では、ナポレオンはこうして成功した、織田信長はこうして組織を動かした、キング牧師はこうして社会を変えた、といった成功事例が語られます。

しかし、歴史とは成功事例を保存したデータベースではありません。

むしろ、同じような行動や判断が、ある時代には成功し、別の時代には破局を招くことを示す巨大な比較装置なのだといいます。

これは非常に納得できます。

ある時代に優秀だったリーダーが、別の時代でも優秀とは限りません。

戦時に活躍したリーダーが、平時にはうまくいかないこともあります。

人口動態、技術水準、国際関係、社会の価値観などが変われば、同じことをしても結果は変わります。

つまり、成功には強い一回性があり、そのまま再現できるとは限りません。

では、歴史から何を学べばいいのでしょうか。

コテンラジオでも、歴史を深く学ぶほど、何が正しいのかわからなくなるという無力感について語られることがあります。

ある時代には良い政策だと思われていたものが、100年後、200年後にはまったく違う評価を受けるかもしれません。

ある視点では成功でも、別の視点では失敗かもしれません。

例えば、戦争を回避したことが当時は高く評価されても、その判断が後の時代に別の問題を生んだと評価される可能性もあります。

そう考えると、何が正しかったのか、何をすればよかったのか、簡単には答えを出せません。

歴史を学べば学ぶほど、正解がわからなくなってしまいます。

しかし、私はそれでもいいのではないかと思います。

歴史から唯一の正解を学ぼうとする必要はありません。

世の中にはさまざまなパターンがあり、同じことでも状況によって結果が変わります。それを知るだけでも、十分に価値があるのではないでしょうか。

正解がわからないからこそ、やりたいことがある人は強い

そして、歴史の話を考えているうちに、もう一つ大切なことに気づきました。

私は、やりたいことがある人は強いと思います。

これは、好きなことをしている人は成功しやすいとか、努力を続けられるから勝てる、という意味ではありません。

やりたいことがあるという状態そのものが、強いのだと思います。

今の時代、何が正解なのかは誰にもわかりません。

大学に行くべきなのか。何を勉強すべきなのか。どの業界で働くべきなのか。何に投資すべきなのか。

未来がどうなるかわからないからこそ、人は正解を探そうとします。

しかし、どれだけ調べても、未来の正解などわかりません。

そうすると、いつまでも迷い続け、前に進めなくなってしまいます。

でも、自分が「これをやりたい」と思っているなら、話は簡単です。

やりたいのですから、やればいいのです。

例えば、ある山に登ってみたいと思ったとします。

そうすれば、その山に登るために何が必要なのかを考えられます。

体力をつけます。登山の練習をします。仕事を調整して休みを確保します。必要なら現地の言葉を勉強します。

目的があれば、そこから逆算して行動できます。

もちろん、実際に山頂までたどり着けるかどうかはわかりません。

途中で別の山に登りたくなるかもしれません。

それなら、それでもいいのです。

新しくやりたいことができたら、そちらに進めばいいだけです。

成功するかどうかは結果論でしかありません。

大切なのは、成功できるからやるのではなく、自分がやりたいからやるということです。

そして、やりたいことがあるからこそ、自分の意思で前に進むことができます。

私は、この状態そのものに大きな価値があると思います。

これは子育てについても同じです。

子どもが何かに興味を持ち、夢中になっているとき、それが将来何の役に立つのかを考える必要はないのかもしれません。

本人が面白いと思い、やりたいと思っています。

それだけですでに素晴らしいことです。

だからこそ、子どもたちが何かに好奇心を持ったときには、その気持ちをできるだけ大切にしてあげたいと思います。

将来の正解を教えることよりも、自分でやりたいことを見つけ、自分の意思で進んでいけることの方が、ずっと大切なのではないかと思います。

おわりに

本書を読み終えて、リーダーシップについての具体的な方法論が明確になったかと言われると、正直なところ、そこまでではありませんでした。

後半は社会やビジネスのコンテクストに関する事例が多く、リーダーシップそのものから少し離れてしまったようにも感じました。

結局、本書の主張を非常にシンプルにまとめるなら、どんな状況でも通用する正解などなく、そのときの文脈を理解しなければならない、ということなのだと思います。

同じ方法を使えば同じ結果が得られるわけではありません。

人によって事実の解釈は異なり、時代によって求められるリーダーシップも変わります。

だからこそ、過去の成功体験に固執せず、さまざまな視点から物事を考える必要があります。

ただ、今回の読書で私が最も強く感じたのは、正解がわからないことと、自分がどう生きたいかを決められないことは、まったく別の問題だということでした。

歴史を学んでも、未来の正解はわかりません。

AIが進歩しても、何をやりたいのかまでは決めてくれません。

しかし、自分が大切にしたい価値観や、やってみたいことがあれば、不確実な世界でも前に進むことはできます。

仕事では、礼節と秩序を大切にし、顧客や一緒に働く人たちに誠実でありたいと思います。

家庭では、妻や子どもたちとの時間を大切にしたいと思います。

そして、面白そうだと思ったことには、これからも積極的に挑戦していきたいと思います。

それが将来成功するかどうかは、わかりません。

でも、やりたいことがあるのですから、やればいいのです。

本書はリーダーシップについて考えるために読み始めた本でしたが、結果的には、自分が何を大切にし、どう生きていきたいのかを改めて考える機会になりました。

それだけでも、十分に読む価値のある一冊だったと思います。