徳島県・海部町に学ぶ「行き心地の良い町」の秘密
この本は、本当に興味深かったです。
舞台となるのは、徳島県の海部町(かいふちょう)という地域。(現在は市町村合併で名前が変わっているそうですが)
この「海部町」は、全国でも際立って自殺率が低い町として知られているそうです。
この町の特徴に着目した著者・岡檀さんが、なぜそこまで自殺率が低いのか?どうしてこの町は「行き心地の良い町」となっているのか?――その疑問に迫ったのが、この一冊です。
まず興味深いのは、「自殺率が高い地域の研究はされているけれど、逆に“自殺が少ない地域”の研究はほとんどされていない」という点。
著者がこのテーマで研究しようとしたとき、周囲の研究者からは「やめた方がいい」と言われたそうです。
というのも、こう言われたとのことです。
「岡さん、発生したことの原因は調べられても、発生しなかったことの原因はわからないよ」
なるほど、これはたしかに「悪魔の証明」のような話ですよね。存在しないことを証明する難しさ。だから多くの研究者は手を出さない。でも、著者は違いました。
「心配してくれた人たちには申し訳ないのだが、自分はヘッチャラだった」と語ります。
行ってみないとわからないではないか、みたいなことを言って研究を始めたそうです笑
このスタンスがとても良いなと思いました。
筋の良い研究かどうか、データがとれるのかどうか、そんなことはさておき、直感的に“これは価値がある”と思ったから挑戦した――その姿勢に共感しました。こういう直感的な行動が、後に大きな発見につながることって、よくありますよね。
そして、なんだかんだ言ってもとやかく言わず彼女を見守ってくれた周りの研究者たちも、非常に良い環境だったのではと想像します。
自殺予防因子①:同調しない力と多様性を受け入れる文化
この町では、著者が「5つの自殺予防因子」を発見したといいます。
今回はその中でも特に印象に残ったポイントを紹介します。
まずひとつ目が非常にユニークな話でした。
それは――「赤い羽根募金が集まらない町」だということ。
実際に役場の人が、こう言っていたそうです。
「海部町では、赤い羽根募金が集まらんのです」
普通の町であれば、赤い羽根募金のお願いに対して住民たちは「皆がどのくらい払ってるか」を知ろうとし、同じくらい払い、周囲に合わせて素直に募金をするそうです。
けれど、この町では違う。担当者がお願いに行くと、こう聞かれるのだそうです。
「赤い羽根ってどこへ行って、何に使われとんじゃ?」
そこから質問攻めになり、担当者がたじたじになるようなこともあるとか。
さらに「他の人も募金してますよ」と伝えても、
「その人はその人だよ。私は嫌だ」
と、あっさり断る。この“嫌だと言える空気”が、この町には根付いているんです。
決して「募金が嫌い」というわけではありません。
例えば町のお祭りや地域行事のためにお金が必要で何に使われるか納得できるものとなれば、バンバン寄付をするそうです。
つまりこの町の人たちは、「自分が納得したことには全力で協力する」し、「納得できないことにはきちんとNOを言える」。
その上で、他人と意見が違ってもそれでいいというカルチャーが根付いています。
これは単なる個人主義というより、むしろ「多様性を尊重する文化」です。
しかも、ただ「いろんな人がいてもいい」だけではなく、「いろんな人がいた方がいい」と、多様性を積極的に歓迎する風土があるのです。
この背景について著者は、こうした仮説を立てています。
この町は、もともと自然発生的にできた町ではなく、後から人工的に形成された町なのだそうです。
時代は江戸時代、大阪夏の陣のあと。大都市が焼け野原になったことで木材が足りなくなり、この地域(海部町周辺)は木材供給地として注目され、多くの人が外から集まってきました。
つまり、最初からいろんな地域・民族・背景を持った人々が一緒に暮らす町だった。
そのために、多様性を受け入れる土壌が最初からあったのではないか――と著者は述べています。
自殺予防因子②:「病、市に出せ」の文化と、うつを早期に対処する町
もう一つ、この本で非常に面白かったのが「病、市に出せ(やまい、いちにだせ)」という言葉です。
これはこの町で昔からよく言われている言葉なんですが、とても示唆に富んでいます。
この「病(やまい)」というのは、単に病気のことではなく、家庭内のトラブルや事業の不振、つまり生きていく上でのあらゆる問題のことを指しているそうです。
そして「市(いち)」は市場・マーケットの「市」であり、つまりみんなの目に触れる場所、公にする場のことを意味しています。
つまり――
困ったことがあったら、早めにオープンにして言いなさい。
そうすれば、「あの薬が効くよ」「あの先生がいいらしいよ」と誰かが助けてくれる。
「痩せ我慢は一つもいいことがない」と、町の人たちは口々に言うそうです。
例えば借金の話。
最初は「何とかなる」と思って黙っていた結果、借金が膨らみすぎて手遅れになり、誰も助けられなくなる。
それよりも、最初の段階で「これくらいの額で困ってる」と打ち明けてもらえれば、周りだってアドバイスもできるし、助けることだってできたのに。
結果、本人だけじゃなくみんなに大きな迷惑がかかる。
これはもう、リスクマネジメントの考え方そのものですよね。
つまり「小さいうちに問題を共有すれば、みんなでなんとかできる」という感覚。
本当にその通りだと思います。現代社会って、そういう「隠してしまうこと」が原因で問題が大きくなってしまうこと、ありますよね。
そしてもう一つ興味深かったのが、この町ではうつ病の診断を受ける人の数が非常に多いという点。
「自殺率が低いのに、うつ病の診断が多い」というのは、どういうことなんでしょう?
これはつまり――
うつになりかけた段階で、きちんと病院に行っている人が多いということなんです。
普通だったら、「ちょっと気分が沈んでるな…」と思っても、なかなか病院には行かない人が多い。
でもこの町では違います。
周りの人が「〇〇さん、最近鬱になったらしいよ」と話題に出してみんなでその人に会いに行ったり、
「あなた、鬱っぽいんじゃない?一回病院に行ってみたら?」と、早い段階で声をかけてくれる文化がある。
それも、ただの冷やかしじゃなく、お互いに良い意味で干渉しあっているんですよね。
しかもそれを言うのが当たり前。
「うつかもしれない」「病院行った方がいいよ」と言うことが変なことじゃない文化がある。
これはすごく大事なことだと思いました。
やっぱり、問題を隠さずに早くオープンにする、言える、支え合える。
そういうカルチャーがこの町の「行き心地の良さ」や「自殺率の低さ」に繋がっているのだと強く感じました。
自殺予防因子③:スイッチャーという存在が、いじめを防ぐ
この本でとても興味深かったのが、「スイッチャー」という役割について書かれていたことです。(多分この著者の造語です)
この概念は、いじめの発生メカニズムを分析する中で紹介されていて、非常に納得感がありました。
まず、著者はある学校や集団でいじめが起きやすいグループ(A)と、いじめが起きにくいグループ(B)を比較しています。
いじめが起きやすいAのグループでは、誰かの悪口や噂話が話題になると、そこに居合わせた人たちが一斉に話の輪に加わって盛り上がっていく。
そうなると、その雰囲気に乗ってどんどん発言がヒートアップしていき、最終的には攻撃的な中傷や抽象的な言葉まで飛び交うようになる――。
いわゆる「空気に流されてエスカレートしていく」典型的な構造ですよね。
一方で、いじめが起きにくいBのグループも、実は同じように他人の噂話や悪口が話題にのぼることは当然あるそうです。
ここまでは両者に大きな違いはありません。
しかし、その先の展開がまったく違う。
Bのグループでは、話題が盛り上がっても――
その話に関心を示さない人
「私はそうは思わないな」「ちょっと違う印象だけどね」と異論を唱える人
突然全く別の話題に切り替える人
――こういう人たちが、必ず登場してくるというんです。
このように、話題の流れを意図的・無意識に切り替えてしまう人たちのことを、著者は「スイッチャー(Switcher)」と呼んでいます。
スイッチャーの存在によって、悪口や噂話が盛り上がって、エスカレートしていく空気がスッと静まったり、別の方向に逸れたりする。
つまり、いじめの空気を途中で断ち切る、流れを変えてしまう役割を果たしているんです。
これ、面白いのは――
場の空気を読まずに話を変える人、盛り上がっている流れに水を差す人って、時に「空気が読めない人」とネガティブに見られることがありますよね。
でも実は、そういう人たちこそが、集団が一方向に向かって暴走することを防いでいるというのです。
この話を読んで、改めて「同調圧力の怖さ」と「それを崩す多様性の大切さ」を感じました。
つまり、誰もが空気を読んで同じ方向を向く集団ほど、いじめが起きやすく、
逆に空気を壊してくれるスイッチャーがいることで、健全なブレーキがかかるんですね。
こういう仕組みが、「生き心地の良い町」の背景にはあるんだなと、すごく納得しました。
感想:まとめ
この本を読んで、本当に素敵な街だなと思いました。
自分の意見をちゃんと言えること。
それを言っても受け入れてもらえること。
これは一見当たり前のように思えるけれど、
実際の社会ではなかなか難しい場面も多いと思います。
でもこの街には、それが自然にできるカルチャーがある。
いろんな人の意見があって当たり前、違っていて当たり前、そしてそれでいい。
そういう「多様性の尊重」が、街の空気として根付いているんだなと感じました。
ここで大事なのは、多様性を「受け入れる」ということは「同調すること」ではないという点です。
みんなが違うことを認める――つまり同じにならなくていいという自由が、
この町の生きやすさや、自殺率の低さに繋がっているのだと思います。
また、「いじめがエスカレートする原因が“過度な同調圧力”にある」という指摘も、
非常に興味深かったです。
同じ方向に一斉に進むことが、かえって害になるケースもあるんだなと、改めて考えさせられました。
それと、うつ病の診断率が高いことが、自殺率の低さと結びついているという話も印象的でした。
結局、うつ病は“心の風邪”と言われるように、れっきとした病気なんですよね。
だから、症状が出たらすぐに病院に行くというカルチャーがあることが、本当に大切。
日本全体でもそういう認識がもっと広がれば、自殺率も下がっていくのではないかと思いました。
そして、私自身もこの本を読んで、
悪口や誰かを傷つけるような話題が出たとき、ちゃんと「自分はそう思わない」と言えるようになりたいと感じました。
実際、私の周りにはそういうネガティブな雰囲気のコミュニティは全くないのですが(めちゃくちゃありがたい話です)、
万が一出くわしたときには、空気に流されずにしっかりと自分の立場を表明できるよう、練習しておきたいと思います。
こういう自分の小さな変化が、周囲にも良い影響を与えて、
少しずつでも「行き心地の良い社会」につながっていったらいいなと思いました。
